∞の聴こえる部屋で

関ジャニ∞のこと、主に丸山隆平くんのこと、綴ります

4月15日が過ぎました


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4月15日の昼休み、いつものように丸の大切な日を開いた。更新されていなくて、何か言葉を巡らせているのかなあなんて、勝手にそわそわしたりした。

遅れて更新されたそこには、遅れてごめんね、甘えられるのはココだけ、二度寝するかなと、おうどん食べて美味しかったでも、挑んだ仕事が楽しかったでもなく、甘えた顔の向こうにちょっと弱気が覗いているように感じられる言葉たち。

まあ、こんな大切な日は今までにもあるので、通常運転かもしれないし、そもそも丸山くんが4月15日を過ごしての更新は翌日なんだけど。

普段起きているはずの時間に眠ってしまったのは、前の晩にお酒を飲んで夜更かししていたからなのかしらと、体と共に心の健康も案ずるくらいには、丸山くんのことが気になっている。

 

夕方、駅前のロータリーで人を待つあいだ、青と橙の混ざり合う空を背景に、影絵のような桜並木を眺めながら、これからの関ジャニ∞はどうなっていくのかなとつらつら考えたりもした。

脇のコインパーキングはちょうど今、潰されて工事中。見慣れた桜並木の前に、見慣れぬパワーショベル。

変わるものと、変わらないものと。

関ジャニ∞がどうなるかなんて、考えても分かりっこないのだけれど、傷が深くならないように、予防線を張る癖が付いてしまったかもしれないなあ。

 

時々思い出すのは、丸山くんのCUTでのインタビュー。

 

僕は、関ジャニ∞っていう形があれば満足なんです。そこに僕は生かされてると思うから。関ジャニ∞がなくなることになったら、僕はこだわるかもしれないです。そうなったらなぜなくならなきゃいけないのか考えるけど、どんな形でもあってくれればいいです。メンバーがいてくれたら。

 

なんだか切なくてね。

この時からまた時間は流れたけれど、今、丸山くんが、これからのことに不安を感じていないことを願っている。

 

去年の4月15日、すばるくんの居なくなった関ジャニ∞を、それまでと同じように好きでいられるか分からないと瞬間的に思ったのは確か。

今でも、7人の関ジャニ∞を見続けたかった、すばるくんには関ジャニ∞の真ん中で、丸山くんのベースの隣で、歌っていて欲しかったという気持ちは消し去れない。

それでも、一年経ってみて、ライブ、DVD、テレビ番組を通して、6人の関ジャニ∞の音楽に触れるたび、やっぱり好きだなと思い続けてきたから。

 

次にみんなの前に立つときにどうなってるかが勝負です。今は蛹ですね。無理くりこじ開けられたらドロッとしたものしか出てこないので、今はそれでも出さなきゃいけないから、結構大変です(笑)。でもこれからそれぞれがまた、お芝居だったりバラエティだったりに留学して、関ジャニ∞っていう国にもどってくるわけですから、それが楽しみですね。

 

関ジャニ∞という国を見続ける未来を、もう少しください。