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∞の聴こえる部屋で

関ジャニ∞のこと、日常のなかで思うこと、綴ります

ここ最近の丸山くんについて思うこと


びわの木を指さしながら「びわ!」を連呼する丸山くん。

先日放送されたジャニ勉 2/∞での一場面です。


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これを見て、うちの子が2歳のころ、びわの木のある家の前を通るたびに「びわ!びわ!」と言っていたのを思い出しました。

 

物の名前を知っている喜びを懸命に表しているみたいな、そんな行動です。

「びわ」って言ってみたくなる響きをもつ言葉なのかしら。

 

この日のジャニ勉では、久しぶりに「ひき肉ダンス」も見ることができました。

こちらも動きと台詞が小学生並み。(でも好き)

 

サタプラでも、頭皮をクイクイ動かしてみたり、進行中の話題とまるで関係のない動作をしていることがあります。

いらんことばっかりして、先生の話を聞いていない幼稚園児みたい。(でも可愛い)

 

小さな子はそこに居て何かしゃべるだけで、行動するだけで、周りを破顔させる可愛さがあるわけですが、、、

丸山くんも負けず劣らず、それどころか、今の私にとっては、そこら辺の小さい子よりもずっと愛らしい33ちゃい❤なのです。

 

「びわだねぇ。ウマウマだよぉ。」って言って、ぎゅってして、なでなでしたくなります。

いわゆる母性本能をくすぐられまくりです。

 

 

 

 

そうかと思うと、ときどき男の色気をはらんだ優しくて、それでいて自信に満ちた顔をして見つめてくるんです。

 

ん?どうしたん? オレがおるから大丈夫やで。 

そんな声が聞こえてきそう。

 
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CanCam4月号の丸山くん。

 

吸い込まれそうな綺麗な瞳、

小さく微笑みを湛えて弧をえがく唇、

その下にある魅惑的な黒子、

すらりと延びる長い指、

すべてが美しくて。

 

じっと見詰めていたら、思わずその指に触れていて、ただの紙の感触に自分の衝動が恥ずかしくなって目をそらしたのは私です。

傍から見るとちょっと気持ち悪いであろうことは自覚しております、はい。

 

この前の関ジャムでも、ベースを演奏する姿が溜め息が出るくらい色っぽかったです。

自分の中の女の部分を刺激されます。

 

 

 

 

時に、雑誌のインタビューやウェブで伺い知れる丸山くんの思考に、はっとさせられることがあります。

2月半ばの丸の大切な日で、自身のことを未熟者と書いているのを見て、内観する力に長けた人なのだなと改めて思いました。

 

特に芸術的なことを仕事にする人は、自分の本質をさらけ出して表現するとか、究極の自分を突き詰めて行くとか、そのために自分自身を見つめる作業が求められるのでしょう。

 

自分と向き合い続け、内なる自身と対話することで見えてくる何か。

他者との比較ではなく、理想とする未来の自分の姿と今との隔たりを敏感に感じるからこそ、未熟という言葉が出てくるのだろうな。

今に満足したり、鈍感になってしまったらその先を追い求めることはなくなってしまうから。

 

同時期のレンジャー日記では、丸山くんの仕事に対する考え方を見ることができました。

 「影法師」と題されたこの日の日記。

彼自身が何か寂しさを感じているのかと思ったりもしたのですが、「そんな気持ちでやってます。」という言葉に、仕事への使命感みたいなものを感じました。

 

使命。生きるうえでの役割。生まれてきた意味。

「生について考えさせられている」とも書いていた丸山くん。

 

仕事や置かれている立場に使命を見出だせる人は、簡単に諦めたり逃げ出したりしないから、自分の言動の責任を自分で負うことができるし、困難な状況にも強くなれるのだろうと思います。

丸山くんの言葉の端々から感じられる、柔らかさに包まれた強さの源のような気がします。

 

 

純粋で無邪気な少年のような言動。

女性を惹き付ける男性としての色っぽさ。

精神的に成熟した人生哲学。

どれもが丸山くんを構成する一部として、興味深いし、愛おしいと思うのです。

 

まあ、本当のところはわかりませんけれども。

CanCamでちょっとおかしくなった頭で考えておりました。

病んでませんよっと。