∞の聴こえる部屋で

関ジャニ∞のこと、主に丸山隆平くんのこと、綴ります

‘’泥棒役者‘’を振り返る丸山くんと‘’ハツカネズミと人間‘’と


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丸山くんが、昨年主演した『泥棒役者』のことや、今後やってみたい舞台のこと、心に残った舞台など、お芝居についていくつかの雑誌で語っていたので、思ったことをつらつらと。


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思えばあの会見の数時間後、丸山くんは東京公演の初日を迎えていました。

私が観劇したのは、まだすばるくんのことを何も知らない大阪公演の最終日。その5日後にあんなことがあるなんて思いもせず、舞台上で繰り広げられる喜劇の面白さに、ただただ笑ってた。

だけど、丸山くんもメンバーもこの時にはもう、会見までのカウントダウンの渦中にいたんだよね。泥棒役者の東京公演は見ていないし、ライブも札幌と名古屋を見ていないし、なんだか大切なものを見落としたような気がしないでもない。

 

泥棒役者』を舞台でも主演させてもらって、(脱退発表の)会見の日が、東京公演の初日だったんです。そこで僕が生で姿を見せて、舞台を楽しんでもらうのも大事だと思ったんです。僕自身も舞台に打ち込めたことで、内側に向かわなくて済んだ部分もあったから助けられましたね。人と会って話もできましたし。

 

会見を開き、後戻りできないことが決定的になった日に、「好きすぎて何も言えなかった」と顔を歪ませて笑った丸山くんの心を、たとえ一時でも救ったのが舞台の仕事だったのなら、このとき舞台があって良かったのかもしれない。

そんな丸山くんの自己分析がある一方で、安田くんのこんな言葉も。

 

マルがいちばん整理がつけられてなかったと思いますね。傍から見てもライブ中もまだ全然整理がついてなかった気がします。

いちばん消化不良を起こしてたんじゃないかな……実際にそういう話をしたわけでも聞いたわけでもないんですけど、それはもう一緒にいて、そう感じましたね。

 

舞台が終わって、ライブに向けてメンバーと一緒に過ごす機会が増えたことで、すばるくんの不在を強く意識せずにはいられなかったんだろう。

すばるくんを支えたくてベースが上手くなりたいと思った時期があったり、今も感情を込めて歌おうとするとすばるくんを思い出す、なんて言うくらいだから。

7月の各番組でほんの一瞬見つけてしまった、丸山くんの俯いた浮かない表情を思い出す。

そんな中でも、多くの時間は努めて笑顔を見せてくれていたのだと思うと、ありがとうという気持ちでいっぱいになる。

 

すばるくんのことを経た今、これからの舞台の仕事についてはこんなことを。

 

当たり前やと思っていたことが、実は当たり前じゃなかったということを知って、より感情が豊かになった気がするんですよ。それがまた表現として消化されていくのも、この仕事のいいところ。そうやって自分の経験や感じたものをファンの方はもちろん、舞台が好きな方たちと共有できるものに変えていけたら、すべてが無駄ではなくなるじゃないですか。だから2019年も、ますますお芝居をやりたいと思います。

 

具体的には『ギルバート・グレイプ』『BOB』『マクベス』、『泥棒役者』と、重い、コメディ、重い、喜劇という流れになっているから、次は重いのが来てもいいと思っていると。

 

マクベス』のときにマクベス用の楽屋のれんを作ったんですよ。だから『マクベス』は、45歳とか50歳になったときに、もう1回やりたいと思っていて。でも、それまでにはもうちょっと苦しい思いをしなきゃいけないと思うので、次あたりはシリアスなものをやってみたいですね。

 

どっちも実現したら嬉しいなあ。

舞台を、それもシェイクスピアを生涯かけて演じる俳優に、丸山くんがなるなんて最高じゃないですか。

メンバー脱退という半身をもがれるような苦しい経験をして、感情が豊かになったと自分でも感じている丸山くんが演じる悲劇、不謹慎かもしれないけれど興味があります。

 

二十日鼠と人間』と『シラノ・ド・ベルジュラック』を観劇し、鈴木裕美さんに挨拶したときに、笑いながら「やりたいでしょ?」言われたというエピソードも教えてくれています。

舞台を観た感動を、熱量たっぷりに語ったりしたのかもね。目をキラキラさせながら。

鈴木さんは、丸山くんがお芝居好きなことを知っているだろうし、またいつかタッグを組んでくれたら良いのにな。

周りの人から舞台をやってほしいと言われることが増えたとも言っているし、もしかしたら何か決まっていたりするのかな。

 

2018年、心に残った舞台として、丸山くんが何度か名前を挙げているのが、『二十日鼠と人間』という舞台。

 

これは起きたことと関係ないかもしれないけど、涙もろくなりましたね。三宅くんの舞台『二十日鼠と人間』を観に行ったんですけど、初めて舞台で嗚咽しました。今年はいろんな感情をもらったからそれもあるのかもしれないです。

 

大泣きしたのは三宅くんが主演した『二十日鼠と人間』です。ラストの衝撃に涙が止まらなくなって、三宅くんに挨拶に行く前に一旦、別の場所で泣きました。

 

すごい重い話なんだけど好きなテイストではあった。残酷な話だったから、途中から泣いてしまった。

 

めったに泣かないイメージの丸山くんが、嗚咽するほど泣いたなんて聞かされたら、どんな物語なのかとても気になる。舞台を観劇することはできないので、原作となった小説を読みました。


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小柄で頭の切れるジョージと、大男で頭の鈍いレニー。からだも知恵も対照的な二人は、いつか自分たちの農場と家を持つという夢を見ながら、渡り労働者として農場を転々としている。

レニーは知能も心も小さな子みたいで、いつも思いがけず悪さをしでかしてしまう。その度にジョージは、おめえがいなけりゃ気楽に暮らしていけると文句を言うけれど、本心では一緒にいたいと思っているしちゃんとレニーにそう伝える。そしてレニーも同じ気持ち。

‘’おれたち二人は、そんなじゃねえ先には望みがある。たがいのことを気にかけあう話し相手が、ちゃんとある。だって、おらにはおめえがついてるしおめえにゃおらがついていている。たがいに話しあい世話をしあう友達どうしなのさ。‘’

それがジョージとレニーの合言葉。

そんな二人だったのに、ある日レニーが取り返しのつかないことをしてしまう。レニーには悪意なんてこれっぽっちもなかった。ただやわらかなものを触っていたかっただけ。ウサギの世話をさせてくれなくなるのが嫌だっただけ。

労働者たちの制裁からレニーを守るため、ジョージが取った行動は、とても苦しく悲しい選択。

  ハツカネズミと人間の 

  このうえもなき企ても 
  やがてのちには 狂いゆき 
  あとに残るはただ単に

  悲しみそして苦しみで 
  約束のよろこび 消えはてぬ 

 

 

丸山くんがこの物語から何を感じたのかは、知る由もない。でも知りたいという気持ちは厄介なもので。

軽口を叩きながらも、ずっと助け合ってやってきたジョージとレニーの友情に、一緒に居られなくなった二人に、すばるくんと自身を重ねたりしたんじゃないか、とか。

夢を語り合う相棒だったレニーに対して、悲しい選択をするジョージを見て、相棒であり支えでもあったすばるくんを、封印するような気持ちになったんじゃないか、とか。

どれだけ理想を語ろうとも、気持ちだけではどうしようもないことが現実にはあると突き付けられて、改めてすばるくんの脱退に思い至ったんじゃないか、とか。

勝手に想像しては、堪らなくなった。

丸山くんが、「起きたことと関係ないかもしれないけど、涙もろくなった」なんて言うからさあ。逆に関係あるのかもって思ってしまうじゃない。

ただ普通に、二人の男の友情の行方という面からも、社会的に弱い立場の人間の生き様という面からも、やりきれなさや悲哀と同時に、理不尽さに抗いながら生きる強さも感じて心揺さぶられたのかもしれないし、本当に残酷だと感じたからかもしれないのけれど。

人が好きという丸山くんだから、ひとりひとりの登場人物たちに、何を感じたのか詳しく知りたいなあと思いました。