∞の聴こえる部屋で

関ジャニ∞のこと、日常のなかで思うこと、綴ります

ラスト・フレンズ、錦戸くんが演じる宗佑を見ていて

カンテレでドラマ「ラスト・フレンズ」が再放送されています。

関ジャニ∞に興味をもったころ、DVDをレンタルして観たのですが、せっかくなのでまた観ています。

 

ジャニーズである錦戸くんがDVをする役どころ、ということで当時注目を集めたのでしょう。

何かでイメージダウンした俳優1位に選ばれたと聞いたことがありますし、宗佑のイメージが払拭されるまで時間がかかるようなこともあったかもしれません。

 

ドラマは若者たちの恋愛模様とともに、DV、ネグレクト、性同一性障害、性的虐体といった重たいテーマも描かれます。

錦戸くんは、幼少期にネグレクトをうけ女性への愛情表現がうまくできずDVをしてしまう宗佑を演じています。

 

宗佑は確かに酷い男だし、演じる錦戸くんのイメージを悪く捉える人もいたかもしれないけれど、私はそんなことはなくて、やっぱりファンだからかなぁとか考えていました。

そこからまた、思考がぐるぐる、、、書き留めておこうと思います。

 

第4話、自分から逃れていた美知留の居場所を見つけ出した宗佑は、降りしきる雨の中、一晩中、外で美知留が出てくるのを待ち続けます。

翌朝、座り込む宗佑を見つけた美知留は、結局宗佑を突き放すことができずに一緒に帰ります。

 

子供のころ親に捨てられた経験のある宗佑と、「愛されたことがない」と言い切ってしまうほど親からの愛情が薄かった美知留。

寂しい生い立ちをもつ似た者同士の二人が、直感的に惹かれ合うんだろうことは、頭では理解できます。

ただ理性的に考えると、無いでしょこんなDVストーカー男、ちょっと美知留しっかりしてよ、、ってなるはずなんだけど、なんだけどね。

 

ずぶ濡れの錦戸くんが、あの錦戸くんが、子犬みたいな顔をした錦戸くんが、本当に辛そうな表情で、悲しそうな目で、苦しそうな声で「待つことは辛くないんだ」なんて言うから。

なんだかつい許してしまう美知留の気持ちが分かるような気にさせられる。

 

宗佑のDVが、支配欲や女性蔑視みたいな高圧的な自己満足というよりも、愛されたい、寂しい心を埋めてほしいという渇望から来ているのだと、ひしひしと感じられるから。

 

あとやっぱり錦戸くんの顔面、て言っちゃうとなんか元も子もない感じになるけれど、あのタレ目の作り出す表情の威力って大きいなぁ。

 

第10話にも印象的なシーンがあります。

暴行された美知留が、宗佑の全てを受け入れてあげるとベッドの上で言うところ。

その本心は大切な友達を守るためで、自分自身を諦めたからに過ぎない。

決して宗佑を心から愛そうと思ったわけではないことを、宗佑は美知留の涙にふれて感じます。

そして美知留が友達と映る写真を見て、自分では美知留を笑顔にしてあげられないことを悟り、宗佑は死を選びます。

 

弱いよぉ、宗佑。

このときの錦戸くんの泣きの演技がまた心をえぐるんです。

宗佑の気持ちを想像すると痛くて、辛くて。

どうして誰も幼い宗佑の心に寄り添ってあげられなかったのか、もっと早く誰か救いの手をさしのべられなかったのか、もどかしくて苦しい。

とんでもなく酷い奴なのに、DVなんて絶対に許される事じゃないのに、誰か彼を助けてあげてよって思わずにいられない。

 

錦戸くんの宗佑は、いつも心の奥にある哀しみが透けて見えるような表情をしていたから、激しい反感を抱かずに観ていられたし、死んでしまったときはやるせなかった。

 

 

逆に、瑠可は心と性の違和感に悩んでいるけれど強いと思います。

男になりたい、美知留を守りたい、だから強くなりたいという思いに駆り立てられるんだろうけれど、肉体的な強さとは違う、もともと心の芯の強さを持った人として描かれている気がします。

 

瑠可が父親に自身のことを打ち明ける場面からは、父の子どもに対する揺るぎない愛情の深さが感じられるし、瑠可からも父への信頼の大きさをみることができます。

愛されているという安心感が心を強くする鎧のような役割を果たしているのかな。

 

瑠可はタケルからも大きな愛を貰えます。

タケルの渾身の告白シーン、素敵でした。

「人間としてか女としてかどっちかなんて聞くなよ」っていう台詞があるところです。

 

愛されずに育ったから弱くて、愛されて育ったから強いと、短絡的には言えないかもしれないけれど、あまりにも愛情を受けなさすぎると、人は正しく生きていくことが難しいのかもしれないな。

 

ドラマ「嘘の戦争」も観ているのですが、草剪くん演じる主人公も、亡き父の友人だった人の深い想いを知ることで、自分がちゃんと想いをかけられていたことに気づいて、少しだけ改心したんですよね。

ここも心にささる場面だったなぁって、観ていない方にはなんのこっちゃな話ですが。

 

子供に接するとき、人に接するとき、どれだけその子、その人に想いを込められるか、自分は愛されていると感じさせられるかって大切なことなんだなと、今更ながら思ったという話です。